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「ソフトウェアGNSS受信機プログラム」セミナーが紹介されました

「ソフトウェアGNSS受信機プログラム」セミナーの紹介記事を、科学技術ライター・喜多充成氏に書いて頂きました。

こちらの記事は、NPO法人 大学宇宙工学コンソーシアム(UNISEC = University Space Engineering Consortium)のメールマガジン「UNISEC Road-to-SPACE Club2022年6月号にも配信されています。

GNSS忍者養成所!?が開講】

 街道脇に妙な施設を見つけました。

 料亭ふうの数寄屋建築のそばに金色の龍が巻き付く看板がそびえ、ダイナミックな毛筆体で「忍者・・・」と記されています。こんな住宅街に組事務所でもあるまいし、攻めたメニューの飲食店かなと思いつつ二度見すると、続く文字は「保育園」。三度見しても変わらずそこには【忍者保育園】と記されていたんです。

 どうも保育園業界では「忍者保育」が静かなブームのようなのです。当該保育園のサイトにも広い和室の写真が掲載されていました。そこで喜々として遊びに取り組み、家で「きょうのしゅぎょう」を話題にするお子さんたちの姿が容易に想像できます。「子供の元気を育む」「楽しく過ごしてもらう」など、保育園にとっては大切だけどありきたりすぎて埋もれてしまうような訴えかけを、忍者というパワーワードに置換しインパクトをもって伝える、すぐれたコミュニケーション事例と言えるのではないでしょうか。

 だいたい男子中学生の修学旅行土産といえば木刀に決まってますし、コロナからの再起動を願うインバウンド業界でもNINJA体験施設に期待が集まります。NINJAがパワーワードなのは保育園児にとどまらないのですが、ソフトウェア業界でも、とてつもなくすごい能力者はNINJAを名乗っていいらしいんですね。それを「高須さんのブログ」で知りました。

 高須と言っても、院長のほうじゃないですよ。GNSSの測位演算プログラムライブラリ“RTKLIB”作者の高須知二さんのブログ「備考録」でです。

 RTKLIBRTK(Real Time Kinematic)法による測位演算が可能なオープンソースのソフトウェアです。VLBI(超長基線干渉法)に淵源する解析手法で、2点のGNSS観測データから2点間のベクトルを演算処理により推定し、センチメートルオーダーの高精度が実現しています。

 以前なら数万ドルのオーダーだったプロ向けのGNSS受信機が必要とされた高精度測位は、今や数百~数十ドルオーダーのGNSS受信機とオープンソースソフトウェアで可能になっています。ドローンや農機の制御、あるいはカメラ画像からの3Dモデリングなどを試みる隣接分野の方々にユーザー層が広がっており、『トランジスタ技術』(CQ出版)の特集号などでも繰り返し取り上げられているので、ご存知の方も少なからずいらっしゃると思います。

 そのRTKLIB作者の高須さんが、「GNSSの国際学会で行われるチュートリアルの申込みページに、自分のスキル/レベルを申告する項目があり、その選択肢の表現が面白かった」と書いてらっしゃいました。申込みページは今も残っていたので引用します(セミナーは終了していますのでリンクは記載しません)。

Raw GNSS Measurements in Android @ ION GNSS+ 2016Register form

–My level of GNSS experience is (pick one):

1.Ninja: I could build a GNSS receiver from scratch

2.Virtuoso: I have created software/hardware for processing GNSS signals/measurements

3.Professional: I have used GNSS receivers for my job

4.Academic: I understand GNSS, but have little experience in end-to-end position calculation

5.Novice: I have used consumer GNSS devices

6.Manager: I know some of these people

 忍者の下がヴィルトゥオーソ(イタリア語で達人の意)で、プロフェッショナル、学生、ノービスと続きます。マネージャーの記述もウイットに富んでいます。 それを紹介しているのが、世界中のプロが利用し国土地理院までもが頼りにするRTKLIBをスクラッチから書き起こした、地下鉄路線名になるクラスのスーパー忍者(もちろん服部半蔵のこと)である高須さんだという点も、こちらとしては興味深かった次第です。

 さて、日本のGNSSコミュニティには他にも忍者がいます。

 UNISECにかかわる方ならSS-520MOMO、あるいはTRICOM-1Rなどで軌道上実績のあるGNSSチップ「Fireant/Firefly」をご存知の方も多いでしょう。民生品ベースに作られたこのチップの生みの親である中部大の海老沼拓史先生は、GNSS信号の模擬信号を生成するオープンソースソフトウェア「GPS-SDR-SIM」の作者でもあります。海老沼先生はGNSSスプーフィング(欺瞞信号)対策を研究テーマの一つにしておられますが、アンチスプーフィングの手法や対策を施した機器の評価には「スプーフィングが行われている環境」が必要で、そこで自作のソフトウェアを活用しておられます。他にも「GPS-SDR-SIM」は、これをもとにした信号シミュレータを製品化して販売する企業もあります。

 また千葉工大の鈴木太郎先生はソフトウェア無線によるGNSS受信機ライブラリ「GNSS-SDRLIB」を公開されています。USBでパソコンに接続する数百ドルオーダーの広帯域無線受信機を、GNSS受信機として使えるようにするソフトウェアで、上2つとならんでその筋では有名なソフトと言っていいでしょう。

 ともあれ、申し上げたいのは、忍者は今の日本にも姿を変え生き残っている、ということです。どの業界のどのコミュニティもそうですが、次世代育成は重要テーマ。そして現在活躍するGNSS忍者たちは、次世代のGNSS忍者育成のための修行プログラムに着手しました。目指すのはGNSS受信機をブラックボックスとせず、仕組みや原理を理解し、自分で手を動かして試行錯誤できる人材の育成です。PCで信号処理を行うソフトウェア無線(SDR)が一般化しつつあることも背景の一つです。

 そもそもUNISECも、CanSatCubeSatで手を動かしてきた学生の中から、多くのジェダイ・ナイトやジェダイ・マスターを生み育てた組織ではないですか? そのUNISEC会員の方々にも、ぜひともGNSS忍者学校のことを知っていただきたくご紹介する次第です。20228月と20232月、東京海洋大の越中島キャンパスを主会場に開催され、学生だけでなく企業のエンジニアも入門可だそうです。

 忍者の頭目は同大の久保信明先生。「衛星測位技術の中でもコアとなる、受信機の仕組みや観測値を、自分の手で自由に改良できる人材を輩出することを目的とする」とうたっており、初年度の今年はまず3日間の「ソフトウェアGNSS受信機セミナー」と、電波暗室を借りてのアンテナ特性測定体験などが予定されています。詳細は「新しいフェーズに入った衛星測位技術を加速させる人材育成」のリンク先でご覧いただけます。

 なおRTKLIBの作者・高須さんは、八ヶ岳南麓の山荘ではんだごてを手に、忍たまたちに下賜される教材(電波をデジタル信号に変換するフロントエンドデバイス)を作っているとかいないとか。

文/喜多充成(科学技術ライター、測位航法学会正会員)

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